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二階建て:日本由来已久的木质建筑

时间:2020-04-25 23:37  
核心提示:日本の伝統的木造建築は、ヨーロッパの建築のように、階層を高く積み上げることには向いていなかった、寺社建築にしろ、その他の建築物にしろ、木造建築は平屋 であることが普

日本の伝統的木造建築は、ヨーロッパの建築のように、階層を高く積み上げることには向いていなかった、寺社建築にしろ、その他の建築物にしろ、木造建築は平屋 であることが普通だった。そこをあえて重層の建物にするには、塔が高くなくてはならぬといった、建築外的な要素が働く場合に限られていた。

日本传统的木制建筑和欧洲的建筑一样,并不倾向于把楼层建得很高,不管是寺院神社,还是其它的建筑物,木制建筑一般都是平房。硬要建多层建筑物,一般是基于必须要建高塔等建筑外的因素。

しかし日本の木造建築に、二階建てが現れるのはそう新しいことでなない。平安時代末期に作られた洛中洛外図屏風には、二階建てと思われる建物が描かれている。都市が過密化 するに従い、必要に迫られるかたちで重層化が始まった例ではないかと推測されている。

而日本的木质建筑中出现二层建筑并不是近来的事。在平安时代末期制作的洛中洛外图屏风里就描绘了被认为是二层建筑的房屋。我们推测这是随着城市的集中化,由于需要而出现的多层建筑的实例。

しかし二階建ての建物が本格的に現れるのは、近世以降のことだ。やはり京都などの大都市部から始まったらしい。徳川時代になって商人の力が大きくなると、京都のほか江戸や大阪の商業地区でも普及していった。

但是二层的建筑真正出现是在近代之后。应该是从京都等大城市开始的。到了德川时代,商人的力量逐渐强大,如此一来,除了京都之外在江户和大阪的商业地区也得到了普及。

伝統的な木造建築は、柱の上に梁や桁 を載せて土台 部分を安定化させ、そのうえに屋根を乗せるという方法をとっていたが、梁桁で固めた構造の上にさらに柱を建て増し、その上に軸組を積み重ねることが技術的に可能になったことが、二階建てを普及させた要因である。

传统的木质建筑采取的是一种在柱子上搭上梁和横木使木基础梁固定,再在上面搭建屋顶的建造方法。而在用横梁固定的构造上增建柱子,再在上面叠加主体结构,技术上在那时已经可以实现,这也是使二层建筑普及的原因。

中には巨大な柱をたてて、それを一・二階通して貫通させるようなことも行われたらしい。しかし大部分の二階建ては、柱と梁桁による軸組の構造を二重にしたものと考えられる。

好像也会在中间建巨大的柱子,使其通过一二层形成贯通。但是大部分的二层楼房都是通过柱子和横梁使主体结构的构造变成两层。

町屋の二階建てが、用地の狭小を補う手法だったのに対して、農村部の二階建ては主に、蚕業など農作業の必要から生まれたものらしい。だから町屋の二階建てとは構造が異なるものが多い。

城市的两层建筑是弥补用地狭小的方法,而与之相对,农村地区的二层建筑主要是由于蚕业等农业活动的需要而产生的,所以两者结构上有很多不同。

たとえば白川郷の合掌造住宅は、二階建てといっても、二階の部分は一階と峻別された構造にはなっていない。二階というより屋根裏部屋というのに近い。人々は横に建物を拡大するのではなく、縦に伸ばすことによって、養蚕に都合のよい空間を確保したのだと思われる。

例如白川乡的人字木屋顶式住宅虽说是两层建筑,却是二楼的部分没有和一楼严格区别的构造。说是二层建筑其实更接近于有阁楼的房屋。人们不是通过扩大建筑面积而是通过增加建筑高度来确保适合养蚕的空间。

実際近年になって超高層ビルが登場した背景には、鉄骨による柱と梁桁の構造がコンクリートの壁と結びついたという技術上の発展がある。従来の西洋建築のように、石組みによる壁構造の技術だけでは、超高層ビルは不可能だったろう。

实际上近年来在超高层建筑出现的背景下,通过钢筋把柱子和横梁与混凝土的墙壁连接在一起的技术得到了发展。与以前的西洋建筑一样,仅靠通过组合石头建造墙壁的技术是不可能实现超高层建筑的。

近世初期の日本においては三階建ての一般住宅も登場した。しかしそれらは主に防火上の理由から、普及しなかった。

近代初期的日本也出现了三层式普通住宅。但是主要是防火的原因,并没有得到普及。

本翻译为日语原创,未经授权禁止转载。

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