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 宇多田光的二十周年:用歌词写诗的三个阶段

时间:2020-06-27 18:29  
核心提示:デビュー20周年、新作「初恋」に込めた思い 出道20周年、新作《初恋》所注入的情怀 日本のポピュラー音楽の歴史を変えたシンガー・ソングライターの宇多田ヒカルさん。彼女はい

デビュー20周年、新作「初恋」に込めた思い

出道20周年、新作《初恋》所注入的情怀

日本のポピュラー音楽の歴史を変えたシンガー・ソングライターの宇多田ヒカルさん。彼女はいつも言葉とともにあった。15歳でデビューした時も、初アルバム「First Love」が国内最大のヒットとなって生活が一変してしまった時も、母を亡くした時も。デビュー20周年を迎える今年、新人の小袋成彬さんのプロデュースを初めて手がけた。6月に新作「初恋」を発表し、年末には約12年ぶりとなるツアーを行う。そんな宇多田さんに、紡いできた言葉について、20周年を迎える心境について、じっくり語ってもらった。

宇多田光是改变了日本流行音乐的创作型歌手。她总是与歌词同在,不管是在她15岁出道的时候,还是因第一张专辑《First Love》火遍日本而完全改变了自己生活的时候、抑或是其母亲去世的时候。今年迎来出道20周年的她,首次为新人小袋成彬操刀担任制作人。即将在6月推出新作《初恋》,年末举办暌违了12年的巡回演唱会的她对自己创作的歌词有何感想?又是以怎样的心境来迎接自己出道20周年的呢?

20年続けるということ

坚持20年这件事

「よく20年もずっとやってきた。感慨深いです」

“坚持了20年。感概颇深”

何かを尋ねると、丁寧に言葉を選び、しかし率直に話す。

记者向她提问时总是问得很婉转,而她却回答得很坦率。

デビュー曲「Automatic」がいきなりヒット。「First Love」は767万枚を売り上げて、いまだに歴代最多売り上げアルバムであり続けている。共感しやすくカラオケで歌いやすい「小室サウンド」が世を席巻した中、宇多田は鮮烈な歌詞を、心を揺らすビートに乗せて歌い上げた。確固とした「個」を持つ表現者がシーンの中心に躍り出たのだ。ただ、幸せなことばかりではなかった。

出道歌曲《Automatic》一炮走红。 专辑《First Love》销量767万张,至今保持着历代销量最高的专辑记录。 当小室哲哉因那些很容易引起人们共鸣和脍炙人口的歌曲而席卷日本时,宇多田用生动的歌词和震撼人心的节奏放声高歌。坚定地保持着“个性”的她进入了大众视野的中心。 然而,她并不是一帆风顺。

「環境の変化や、それによって起きた様々なことがすごくつらくて。無理だと後悔したこともありました」

“环境的变化和由此产生的各种事情让我觉得非常痛苦。 也曾经因为觉得太勉强而后悔过”

それでも続けたのは「やらざるを得なかったんだろうな」と、遠い目をした。「スタッフ、父親、母親、音楽を聴いてくれる人。いろんな人が音楽を続けられる環境を作ってくれました」

即便如此她望着远方继续说到:“但我别无选择”。 “工作人员,父亲,母亲,听我音乐的人。各种各样的人给我创造了一种可以继续做音乐的环境”

これまで書きためた日本語詞を、自ら3期に分けている。宇多田にとって音楽を作ることは「明るみに出ていないものを探しに行く作業」で、第1期はこれを無意識に行っていた時期。それを意識的に、より深く探しに行けるようになったのが第2期。活動休止を経て、さらに己をさらけ出し、日本語詞にこだわりを持つようになったのが第3期だ。

她把自己迄今为止写过的日文歌词分为3个阶段。 对于宇多田来说制作音乐是“探寻出那些隐藏着的东西”,第1阶段是无意识向前进的时期。 第2阶段是在意识到之后变得可以更深层探寻的时期。 第3阶段是经过隐退之后,进一步揭示自己,对写日文歌词变得更加考究。

第1期 なんとなく

第1阶段 不知不觉

母親は歌手の藤圭子、父親は音楽プロデューサーの宇多田照實。幼少の頃から親が作詞作曲したり、録音したりするのを当たり前のように見て育った。

宇多田光的母亲是歌手藤圭子,父亲是音乐制作人宇多田照实。她从小就是看着父母作词、作曲、录音长大的。

12歳で親の勧めで英語で作詞作曲を始め、14歳の頃、「日本語でやってみたら」と言われて、初めて書いたのが、「First Love」に収録した「Never Let Go」。「真実は最高の嘘で隠して 現実は極上の夢でごまかそう」という大人びた歌詞で、渋く退廃的な雰囲気も漂う。なぜこんな曲が書けたのか?

12岁时在父母的劝诱下开始写英文歌,14岁的时候,父母让她“试着用日语写词”,她创作的第一首日文歌曲是收录在专辑《First Love》中的《Never Let Go》。“真实是用最大的谎言去隐藏 现实是用最好的梦去欺骗”这种老成的歌词中带有一丝痛苦和颓废的氛围。 为什么她会写出这样的一首歌呢?

「他者を通して世界を理解しようとしていた。その他者が、私にとっては親だった。親たちの恋愛を自分なりにかみ砕いて理解しようとしていました」

“试图通过别人来了解这个世界。这个别人对我来说是我的父母。 我试图用自己的方式去理解父母的爱情”

第2期 意識して

第2阶段 意识

経験を重ねるにつれ、作詞作曲に加え、編曲やプロデュースも自ら手がけるようになる。「無意識にあるものをすくい上げる作業」を意識的にできるようになってきた。

随着经验的积累,宇多田光开始在作词作曲的基础上,亲自编曲并担任制作人。 逐渐意识到“无意识间把某种东西挖掘出来”。

この頃、「traveling」や「SAKURAドロップス」などのヒット曲を出しているが、第2期を象徴する歌詞として挙げるのは、4作目「ULTRA BLUE」(2006年)に収録した「日曜の朝」だという。「お祝いだ、お葬式だ ゆっくり過ごす日曜の朝だ」と、家族や社会で求められる役割に左右されない本来の自分の姿を淡々と歌った。「すごく『私だなあ』って感じられて、好きですね」

那时,虽然出现了《traveling》和《樱花翩翩》等热门歌曲,但要说到第2阶段代表性的歌词,应该是收录在第四张专辑《ULTRA BLUE》(2006年)中的《星期日早晨》。 “不管是祝贺、是葬礼 星期天早晨就是该悠悠的过”她用歌声淡淡的述说着自己不想被家人和社会赋予的角色所左右。 “这首歌非常能感受到‘自我’、我很喜欢”

第3期 こだわり

第3阶段 考究

10年、ブログに「『人間活動』に専念しようと思います」とつづり、活動休止に入った。電話の契約をしたことも、飛行機や新幹線のチケットを買ったこともないまま20代後半になり、音楽だけを作り続ける状態をアンバランスだと感じるようになっていたのだ。

2010年,宇多田光在博客上宣布想把重心转移到“正常生活”上,然后停止了各种活动。 从未签约过电话的合同,从未购买过飞机或新干线的票,到了20岁后半段的她感受到了自己只做音乐带来的不均衡感。

そこで、ロンドンに移住し、不動産屋で部屋を探し、水道や電気を契約、ゴミを出す日を確認――。当たり前の営みを自ら行い、音楽業界以外の様々な人と触れ合った。日本語に触れる機会も小説や詩に限られた。

于是,她搬到了伦敦,去房产中介找房子,签水电合同,确认丢垃圾的日子。所有力所能及的事情都身体力行,接触了音乐行业以外的各种人群。仅在看小说和诗歌的时候才使用日语。

「人間活動」を経て、作風は劇的に変化する。活動休止中だったが、アニメ映画のテーマソングとして「桜流し」を発表した。「開いたばかりの花が散るのを 見ていた木立の遣る瀬無きかな」という歌詞。「それまで絶対書かなかった、ちょっと古い感じの表現」

经过一段“正常生活”之后,她的作品风格发生了巨大的变化。 虽然是在隐退状态中,但仍然发布了一首动画电影的主题曲《樱花流》。歌曲中有这样一句歌词“就像看到刚刚绽放的花朵散落却无能为力的树一样黯然伤神”。她说 “以前的我绝对写不出这样的词,稍微有点复古的感觉”。

13年に人生の一大事に襲われた。母・藤圭子の死だ。「心に浮かぶのは、笑っている彼女――娘であることを誇りに思います」とブログに記した。16年の「Fantome」では母への思慕を歌に昇華させた。「花束を君に」は「普段からメイクしない君が薄化粧した朝」と、死に化粧を想起させる痛切な言葉でつづった。約2年ぶりとなる新作の題名は「初恋」にした。「1作目から約20年。私の核にある、表現しようとする主題はずっと一貫していること。表現者としてこれだけ変わったこと。同時に見えてすごくスッキリするタイトルです」

2013年,宇多田光遭遇了人生中的一件大事,就是是母亲藤圭子的死亡。 她在博客中写到“心里浮现出的总是那个在笑的她――以我这个女儿引以为豪 ”。16年的专辑《Fantome》中,她将对母亲的思恋升华为歌曲。《将花束献给你》中“平时不化妆的你画上了淡妆”这句歌词用痛彻心扉的语言回忆起母亲去世时化的妆。 她为睽伟2年发行的新歌取名为《初恋》。 “距离自己创作的第一首作品已经有约20年了。我的内心想表达的主题始终是一致的。只是作为表现者有所改变。并且这个歌名看起来非常清爽”

作曲後に歌詞

先作曲再写词

宇多田の歌詞には、いつも驚かされてきた。しかしながら、曲作りのプロセスで歌詞は最後。

宇多田的歌词一直令人惊叹。 然而,在创作的过程中她却是把写词放在最后。

「何か言葉じゃないものがあり、形にしようとする時、それが絵になる人もいるし、ダンスの人もいる。私は一度音楽を挟みます」

“当人们试图塑造一些无法用语言表现的东西时,有的人是画画,还有的人是跳舞。而我则是浮现出音乐。”

ピアノやギターなどで作った曲を聴きながらイメージを膨らませる。「ここのメロディーは『あ』で終わりたい、ここは小さい『ッ』」。俳句や短歌のように、言葉になる前の細かい“制約”を増やしていくうちに「私が言いたかったのはそれか」と思い至る。

一边听着用钢琴、吉他创作的歌曲,脑海中的画面一边不断闪现。 “这里的旋律想以‘あ’结束、这里想用小‘ッ’”。 就像俳句和短歌那样,在歌词写好之前增加一些细小的“限制”的过程中,思考“我想说的是那个吗”。

「シンガー・ソングライターって、簡単に言うと歌人ですよね」

“所谓原创歌手简单的来说就是诗人”

劇的な歌詞は、実話でも作り話でもないという。例えば「Automatic」の「七回目のベルで 受話器を取った君」、「花束を君に」の「今日は贈ろう 涙色の花束を君に」といった印象的な歌詞について。「7回目のベルで相手が受話器を取ったことはないし、母親に涙色の花束を贈ったこともない。ディテールを入れることで、そのまま説明する以上の情報量で表現できる。それが詩です」

扣人心弦的歌词既不是真实的也不是虚构的。 比如《Automatic》中“电话响到第七声 你接起了电话”、《将花束献给你》中“在今天将这泛着泪光的花束赠予你”等这些给人留下了深刻印象的歌词的真实情况其实是 “电话响到第七声时对方并没有接电话,我也从未给母亲献上过泛着泪光的花束。通过加入细节,就能体现出更多不言而喻的信息量。这就是诗”

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