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2000年日语能力考试1级真题(2)

时间:2020-03-27 17:16  
核心提示:問題Ⅰ 次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。答えは、1?2?3?4から最も適当なものを一つ選びなさい。 100年ほど前にあたる1900年のとき、地球上の人口はおよそ16億人であ
問題Ⅰ 次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。答えは、1?2?3?4から最も適当なものを一つ選びなさい。

 100年ほど前にあたる1900年のとき、地球上の人口はおよそ16億人であった。それが現在、55億人になっている。
 私たちが金魚鉢の金魚だと思えばよい。3匹の金魚が突然3.5倍の11匹に増えれば水が濁るように、3.5倍も人口が増えれば環境に何らかの悪い影響が出るのは当然であろう。この人口のまま止まればまだよいのだが、(中略)たいへんな勢いでまだ増え続けている。1991年での世界人口の増加率は1.7%と推定されているが、それで計算すると、人口は40年間で倍増することになる。この増大傾向の修正のためには、地球上の私たち全員のライフスタイルの見直しが急務である。それにはどのような課題があるのだろうか。(中略)
 1つは私たち全員の価値観の問題である。伝統的価値観として「子沢山」が望ましいと見なす民族は世界でも少なくない。私たちの民族もそうである。子沢山を祝福する気持ちが私たちの国では現在でもあり、にぎやかな家庭の幸福像を描きがちである。1989年に、1人の女性が一生の間に平均して何人の子供を産むかという合計特殊出生率が1.57になったときに、1.57ショックといって大騒ぎになった。その騒ぎも、この価値観と関連している。そのときに、子供が1人ではかわいそうだ、日本の将来の労働力の減少をどうするのか、というような指摘があった。自民族の人口の減少に対する警備心はたいへん強いのである。もちろん、ここでは国や民族レベルでの議論をしているのであって、個別の家族の子沢山の是非を論じているのではない。
 2つ目の問題は社会システムの問題である。とくに貧困と差別について考える必要がある。国の経済力不足などで国の社会保障が十分でないと、老後などを心配して国民はある人数の子供をつくろうとする。また、貧しい家族は子供に家族の労働力を期待して子沢山になる傾向が見られる。
 さまざまな差別が人口に関わるライフスタイルに影響を与えるが、とくに男女差別は直接的な影響を与える。環境と開発に関わる世界委員会がまとめた『地球の未来を守るために』(Our Common Future)は女性の地位の向上が子供数の減少につながると指摘したが、これは大切な指摘であろう。女性の地位が向上すれば、家族内での子供を産むかどうかということについて女性の発言権が増大し、そのような社会においては子供の数が減少する。また、女性の雇用機会が十分に与えられている社会では、婚姻年齢が上昇し、そのことが子供数の減少につながっているという。

問1 「この人口のまま止まればまだよい」とあるが、どういう意味か。
 1 人口はまだ勢いよく増えているから環境を守ることができる。
 2 人口の増加率が現在と同じ程度であれば環境への影響はない。
 3 今以上に人口が増えなければ環境の悪化もそれほどではない。
 4 人口が100年前と同じ16億人であれば環境への影響はない。

問2 「ライフスタイルの見直しが急務である」とあるが、どうしてライフスタイルを急いで変える必要があるのか。
 1 ライフスタイルを変えれば、人口の増加率を低くしていくことができるから。
 2 ライフスタイルを変えれば、人口が増えても環境に悪い影響を与えないから。
 3 ライフスタイルを変えれば、食料生産が間に合って生活が豊かになるから。
 4 ライフスタイルを変えれば、日本でも子供の数を増やすことができるから。

問3 「その騒ぎも、この価値観と関連している」とあるが、どういうことか。
1 日本で1人の女性が一生の間に産む子供の数が減ったことは、子供は要らないという現在の家族観に合致するということ
2 日本で1人の女性が一生の間に産む子供の数が減ったことは、子供の数が多いほうがよいという伝統的な家族観に反するということ
3 日本で1人の女性が一生の間に産む子供の数が減ったことは、子供は要らないという現在の家族観に反するということ
4 日本で1人の女性が一生の間に産む子供の数が減ったことは、子供に数が多いほうがよいという伝統的な家族観に合致するということ

問4 「国民はある人数の子供をつくろうとする」とあるが、どうしてそうするのか。
1 国全体で老人より若い世代が多いほうが、労働力が豊かでいいと考えるから。
2 平均寿命が短いため、子供もたくさんつくっておいたほうがいいと思うから。
3 親が死んだあとに、子供が一人残ってしまうのはかわいそうだと思うから。
4 何人か子供がいれば、年を取ってから世話をしてもらえると考えるから。

問5 「そのような社会」とあるが、どういう社会か。
1 夫が子供の数を決められる社会
2 男女差別がまだ強く残っている社会
3 妻の意見が尊重される社会
4 老後の保障が十分でない社会

問6 この文章のまとめとして最も適当なものはどれか。
1 日本の女性が一生の間に産む子供の数が1.57人にまで減ったのは、国や民族の存続に関わる大きな問題だ。
2 人口の増大傾向を止めるには、子沢山を望ましいとする価値観を変え、貧困や男女差別をなくす必要がある。
3 家庭内の女性の地位が向上し、女性の雇用機会が十分あれば、男女差別もなくなるし環境問題も解決できる。
4 地球の環境を守るためには、人口増加率をおさえて100年前の16億人程度にまで減らさなければならない。


問題Ⅱ 次の(1)から(4)の文章を読んで、それぞれの問いに対する答えとして最も適当なものを1?2?3?4から一つ選びなさい。

(1)年齢というのは、相手を理解する上での重要なキーワードだと、わたしは思っている。同じく、自分を理解してもらう上での重要なキーワードでもある。
「同じ世代だったんですね。じゃあ、あれ、ご存じでしょ?」
ということもあれば、
「へえ、十歳違うと、やっぱり考え方が異なってくるものですねえ」
 ということもあるだろう。
 それにわたしは、自分の年齢を恥じたりしていない。若くして亡くなる人もいるというのに、わたしはいま現在で半世紀もの年月を生きることができた。いやなこともいいこともいっぱいあったが、そのどれもが、かけがえのない私の人生、一年たりとも否定したりごまかしたりしたくはない。
 しかし、かなりの文化人ではあっても、女性の中には年齢を公にしたがらない方がけっこういらっしゃるようだ。あるシンポジウムに参加した時、パンフレットのパネラー紹介で、わたしのところだけ年齢がなかった。他のパネラーは男性で、全員、ちゃんと年齢が記されている。どうしてでしょうと問い合わせると、女性の方は年齢を入れないでほしいとおっしゃる方が多いので、と言われた。つまり、勝手に気遣って、わたしだけ年齢を伏せてくださったというわけだ。よけいなお世話である。ひとこと、どうしますかと尋ねてほしかったのにと、かえって腹がたった。

【問1】 「重要なキーワードだ」とあるが、なぜキーワードなのか。
1 お互いを理解するのに重要な手掛かりになるから。
2 自己紹介の時に言わなければならない事柄だから。
3 見かけにだまされないようにするのに重要だから。
4 年齢が違えば話し方を変えなければいけないから。

【問2】 「自分の年齢を恥じたりしていない」とあるが、なぜ恥じたりしないのか。
1 これからも長生きをする自信があるから。
2 今までの人生は自分にとって貴重だから。
3 いやなことをたくさん解決してきたから。
4 本当の年齢よりももっと若く見られるから。

【問3】 「女性の方は年齢を入れないでほしいとおっしゃる方が多いので、と言われた」とあるが、だれに言われたのか。
1 パネラーの男性
2 文化人の女性
3 シンポジウムの主催者
4 シンポジウムの参加者

【問4】 「かえって腹がたった」とあるが、なぜ腹がたったのか。
1 年齢を書かれたくなかったのに、書かれてしまったから。
2 パネラーは自分だけが女性で他の人は皆男性だったから。
3 文化人であっても年齢を公にしたがらない女性が多いから。
4 相手が、筆者も年齢を書かれたくないだろうと考えたから。

(2)「ごちそう」は、もともと?馳走?という漢語から出た言葉です。「馳走」は「走りまわる」「かけめぐる」という意味ですが、つまり、食事を作るために、その材料を集めるのに、あるいは煮たり焼いたりするのに、身体を忙しく動かさなければならず、その労苦へのねぎらいと感謝から発せられる「あいさつ」のことばで、「ご苦労様でした」「お疲れ様でした」「お造作をかけました」「ありがとうございました」といったニュアンスのことばであるわけです。
 だから、なにも料理にかぎったことではなく、たとえばとなりの家へもらい風呂に行ったとき、風呂に入った帰りがけに、
 「ごちそうさまでした」
というむかしは、今でもつかわれる場合があるのではないかと思います。
 ことにむかしは、風呂ひとつたてるにしても、風呂おけに水を汲み入れ、たきぎを集まり、つきっきりで火を燃やしたり、大変な労働をともなう仕事であったわけですから、なおさら、「ごちそうさまでした」というあいさつがつかわれても、少しも変ではなく、また、そこにこめられた気持ちには深いものがあったといえるでしょう。
 (中略)
 「ごちそうさま」は、料理そのものより、むしろ人間の心に向けて発せられる「あいさつ」なのです。
 ついでにいうと、料理屋で食事をしての帰りに、店の人に、
 「ごちそうさま」
という人がいますが、わたしはそれはあまりそぐわないと思っていて、つかいません。
 「お世話さま」
というのをつかいます。
 もらい風呂をして、「ごちそうさまでした」といっても、お風呂屋さんでは、そうはいわない。お風呂屋さんも料理屋さんも、それが商売であり、そこで、「ごちそうさま」というのは、度をすぎたお世辞になり、いやらしいと感じるのです。「あいさつ」のことばにも、それをつかう場合の節度があるべきだと思います。

【問1】 となりの家へもらい風呂に行った後で、「ごちそうさまでした」と言うのはなぜか。
  1 風呂に入ると食事をしたときと同様にいい気持ちになるから。
  2 風呂をたてた人の労働に感謝の気持ちを表す言い方だから。
  3 むかしは、もらい風呂の後で夕食もごちそうになったから。
  4 むかしは、「さようなら」のあいさつとしても使われたから。

【問2】 「つかいません」とあるが、筆者が料理屋で「ごちそうさま」を使わないのはなぜか。
1 商売をしている人が忙しく動くことは当たり前で、必要以上の感謝の気持ちは適当ではないから。
2 お金を払っているのに、あまりおいしいとはいえない料理が出てくる場合が多いから。
3 「ごちそうさま」は「お世話さま」と同じニュアンスなので、商売をしている人に使うのはおかしいから。
4 今の料理屋では走りまわったりかけまわったりして料理を作ることがなくなったから。

【問3】 「ごちそうさま」は本来どんな気持ちを伝える言葉か。
1 おいしいものをたくさん食べて、満足したという気持ち
2 走りまわったり、かけめぐったりして忙しいと思う気持ち
3 食事に恵まれたことを神や自然に感謝する気持ち
4 自分のために忙しく働いてくれた人に感謝する気持ち

(3)その教授は、人間の脳がどのような作用によって活性化されるのか、という問題について話を進め、交通事故によって脳の一部をひどく損傷してしまった少年の実例を挙げた。(中略)
 少年の脳の損傷具合はかなりひどいものだったので、医師は両親にその旨を告げ、たとえ手術がうまくいっても植物人間になることは免れないと宣告。その上で手術をしたわけが、リハビリの階段で少年に対してできるかぎりの愛情を注ぐことを、両親に勧めたらしい。たとえ寝たきりで反応がなくても、一日じゅう手や足をさすってやり、優しく励ましてやるようにと指示したのである。両親は愚直なまでにこの指示を守り、来る日も来る日も少年の手足をさすり、励まし続けたという。( ○2 )、本来なら障害が起きてしかるべきであるはずの少年の脳は活発に働き始め、植物人間どころが、退院の日にはジョギングをしても大丈夫なほど回復したのだそうである。
 「少年の退院の日は、まさに感動的でありました」
 と教授は瞳を潤ませながら語っていたが、この実例から彼が引き出した結論(というか未だ仮定なのかもしれないが)は、人間の脳は“誰かに受け入れられる”という前提のもとに、活発に働くよいうことであった。受け入れられるというのはどういうことかというと、これはとりもなおさず愛されるということである。要するに愛し、愛されるという刺激がなければ、人間の脳は活発に働かないし、創造性も高まらないのである。

【問1】 「その上で手術をした」とはどういうことか。
1 命は助かるがジョギングできるほど回復はしないと言ってから手術をした。
2 脳の損傷がひどいので、助かる見込みはないと言ってから手術をした。
3 命は助かっても寝たきりで反応がなくなることを伝えてから手術をした。
4 脳の損傷はひどいが、手術をすれば元どおりになると約束して手術をした。

【問2】 ( ○2 )に入る最も適当な言葉はどれか。
1 その場合
2 そのかわり
3 そのとき
4 その結果

【問3】 「まさに感動的でありました」とあるが、何が感動的なのか。
1 退院の日に少年がジョギングをしながら帰ったこと
2 手術を担当した教授が話しながら瞳を潤ませたこと
3 ひどいけがだったのに手術により障害が防げたこと
4 親の励ましによって少年が予想以上に回復したこと

(4)日本では、政治家に限らず、選挙が行われる前に、しばしば話し合いによって当選者が決まっていることが多い。たとえ選挙が行われても、それは形式的なもので、実際には、前もって選ばれている人が勝利を収める結果が、既に作られていることがよくある。
 問題点に関して、徹底的に論争を行い、相手を打ち負かした方が人気を得て選挙に勝つという、民主主義の原点とも言うべき選挙のやり方が、なぜ日本では行われないのであろうか。
 「黙って俺について来い」という指導者は、日本では長続きしない、と言われている。日本の指導者は、先頭に立って集団を引っ張っていくのではなく、いくつもある意見の調整役なのだ。つまり、強い個性と明確な方針を持っているような人物は、自分の意見にこだわりすぎるため、他の意見を受け入れない。すると、彼によって受け入れられなかった人々が、もともとはそれぞれ違う意見を持っていたにもかかわらず、団結して反乱を起こし、彼は指導者の地位を追われてしまうことになる。それよりは、一つ一つの意見に耳を傾け、何とか妥協点を見付けて、だれもが賛成できるような一つの結論へとみんなを導いていく、そのような人物がありがたがられるのである。
 日本の首脳が国際会議の場で、はっきりした見解や意見を言わず、ひたすら各国首脳の聞き役に回っているのも、そのような調整役を果たそうとしているのである。

【問1】 「日本では行われない」選挙とは、どんな選挙のことか。
1 十分に論争をし、それに勝った人が当選する選挙
2 決められた方法によって形式的に行われる選挙
3 話し合いによって当選する人を決めてしまう選挙
4 前もって選ばれていた人が結局勝つような選挙

【問2】 日本では「黙って俺について来い」という指導者が長続きしないのはなぜか。
1 はっきりした見解や意見を述べようとしないので、人に信頼されないたら。
2 自分の考えを強く持ち、他人の意見を聞かないので、敵ができてしまうから。
3 民主主義的な選挙を行わず、指導者として失格だと見なされるから。
4 他の人と論争になったとき、相手を打ち負かすことができないから。

【問3】 「そのような調整役」とはどのようなことをする人か。
1 論争をして相手を打ち負かす人
2 だれを選ぶか前もって決める人
3 先頭に立って集団を引っ張っていく人
4 周りの人の意見を聞き妥協点を導きだす人


問題Ⅲ 次の(1)から(3)の文章を読んで、それぞれの問いに対する答えとして最も適当なものを1?2?3?4から一つ選びなさい。

(1) 2級読解文法の問題Ⅲ―(5)と同じ、略

(2)化学物質過敏症は、アレルギーと中毒の要素を兼ね備えていますが、明らかな違いは、今までの概念では考えられない極めて微量な物質に反応するということです。少量を徐々に、あるいは一度に多量にその物質を浴びるとその後、ごく微量でも反応するようになります。
 例えば中毒なら100万分の1グラム(ppm)の単位で発症しますが、これは10億分の1(ppb)とか、1兆分の1グラム(ppt)の単位で症状が現れるのです。
 中毒ではほとんどの場合、摂取量と症状の現れ方に個人差がなく、量が増えるに従って重くなり、一定量を超えると死に至ります(致死量)。ところが、化学物質過敏症の場合は、同じ環境にあっても症状が出たり出なかったりと個人差が大きく、スギ花粉症で苦しんでいる人の隣に平気な人がいるというアレルギーに似ています。

【問い】 化学物質過敏症の説明として正しいものは次のどれか。
1 中毒になる量とアレルギーになる量の中間の量を一度に浴びると、症状が出る。
2 中毒とは違って症状に個人差があり、非常に少ない量にも反応して症状が出る。
3 中毒に似て、ある物質を浴びると摂取量に関係なく反応し、重い症状が出る。
4 中毒にもアレルギーにも似た性質があり、量が増えるに従い、重い症状が出る。

(3)男の古典的な勘ちがいの最たるものは、女性は家事がきらいではないという手前勝手な信仰だろう。
誤解がある。女性の十中八、九は、家事がきらいなのである。それも、大っきらいなのだ。
きらいだが、それは仕事だし、ほかにやる人がいないから、しかたなしにやる。「手伝え」ったって、夫は連日仕事で忙しい。本当に、なにをしてるのか、わかりゃしないのだが。
会社を辞めて家にはいるとなったら、もう猶予はきかない。夫にも、それ相応の家事をやってもらおう。いままでの償いの分もふくめてだ。たいがいの女性はそう考えているのではないか。

【問い】 ○1「しかたなしにやる」、○2「「手伝え」ったって」、○3「なにをしてる」、○4「家にはいる」、とあるが、○1「やる」、○2「言う」、○3「している」、○4「はいる」のはそれぞれだれか。適当な組み合わせを選びなさい。
 1 ○1:夫    ○2:夫    ○3:妻    ○4:妻
 2 ○1:妻    ○2:夫    ○3:妻    ○4:夫
 3 ○1:妻    ○2:妻    ○3:夫    ○4:夫
 4 ○1:夫    ○2:妻    ○3:夫    ○4:妻




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